こんにちは。
この記事では、子育ての中で感じた小さな気づきを、ひとつの記録として残しています。
今回は、三歳の娘の発表会を通して感じた
「人が感情を知っていく過程」について書いてみます。
不動のセンターに立つ娘
私たちは、現在三人の子どもを育てています。
その中で今日は、真ん中の三歳の娘の話です。
彼女は少し人見知りですが、とても愛情深い子です。
最近は歌と踊りが大好きで、家ではよく楽しそうに体を動かしています。
0歳の頃から保育園に通っていて、毎年「発表会」のような行事があります。
今年で三回目。言葉も増え、歌や踊りも好きになってきた時期でした。
先生からは
「とても練習をがんばっていますよ」
そんな話を聞いていて、当日を楽しみにしていました。
そして迎えた発表会当日。
娘の立ち位置は、ステージのセンターでした。
私は正面の席に座り、入場を待ちました。
子どもたちが会場に入ってきた瞬間、娘は指を口に入れ、
元気に歩くお友達にまじって、少しうつむきながら歩いてきました。
それは、知らない人や場所に出会ったときに見せる、
彼女なりの人見知りのサインでした。
ステージには立ったものの、体は固まったまま。
踊ることも、表情を変えることもなく、ただそこに立っていました。
まさに「不動のセンター」。
それでも、その姿を見ていて、不思議と心が温かくなりました。
「怖くても、それでも、ちゃんと前に立っている」
そう感じながら、静かに見つめていました。
「きんちょうした」という言葉
発表会の日、保育園の連絡帳に先生からの言葉が書かれていました。
「発表会が終わったあと、
『ドキドキして、恥ずかしかった』と話していました」
その後は、いつも通り元気に遊んでいたそうです。
家に帰ってから、本人にも聞いてみると、
「きんちょうした」と教えてくれました。
その言葉を聞いたとき、私は少し驚きました。
三歳の子が、自分の感情を「緊張」という言葉で表現したことに。
もしかしたら、先生が言葉を添えてくれたのかもしれません。
それでも娘の中で、
「このドキドキする感じを、緊張というんだ」
という体験が、感覚と一緒に結びついた瞬間だったのだと思います。
感情に名前がつく瞬間
そのとき、ふと感じました。
人はこうやって、体で感じた感覚に、
少しずつ名前をつけていくのだと。
ドキドキする。
体が固まる。
恥ずかしい。
そうした体感が積み重なり、
「これが緊張するということなんだ」と理解していく。
私たち大人は、
「緊張するな」と当たり前のように言います。
けれど、その感覚も、きっと幼い頃のどこかで
同じように体を通して覚えたものだったはずです。
ひとつひとつの体験が、言葉になり、
やがて概念となって、今の私たちを形づくっている。
そう考えると、あの日の発表会は、
娘にとってとても大切な原体験だったのだと感じました。
「今、緊張している」と気づけることの意味
感情に名前がつくと、次の段階が生まれます。
「私は今、緊張している」
と、自分で気づけるようになることです。
そうすると、
「じゃあ、私はどうしたい?」
という問いが自然と生まれます。
緊張しているけれど、やってみたい。
緊張しているから、少し休みたい。
感情を知ることは、選択肢を増やすことでもある。
そんなふうに感じました。
子どもが感情を体で学んでいく姿を通して、
人が育っていく過程の尊さを、改めて教えてもらった出来事でした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
